健康管理のプロ、薬剤師からの海外旅行を楽しむためのアドバイス

公開日 : 2020年09月27日
最終更新 :

新型コロナウイルスをはじめとした感染症のリスクとどう向き合い、これからどのように旅をしたらよいのか? 「新しい生活様式」につづき、「新しい旅のスタイル」を模索するべく、編集部がその道のプロにインタビューし、アフターコロナ時代の旅スタイルをさぐっていきます。今回は健康管理のプロ、そして薬剤師でもある、株式会社リテラブーストの代表取締役 曽川雅子さんにお話を伺いました。海外旅行時の携帯薬、かかりつけ薬局の活用法、さらには旅を楽しむための日常の健康管理について、薬剤師ならではの視点から貴重なアドバイスを頂きましたので、来るべき海外旅行再開の日に向けてお役立てください。

薬剤師が解説する海外旅行の安心準備

薬剤師が解説する海外旅行の安心準備
海外旅行に持参すべき薬と応急処置用品は? ©iStock

編集部:私どものガイドブックでも編集の際には必ず、海外渡航時の「病気やけが、体調の悪化」に備えた情報ページは掲載をしていますが、「薬剤師」の視点から見た海外旅行へのアドバイスは新しい切り口で、どんなお話が聞けるのか?非常に楽しみです。本日はよろしくお願いいたします。

曽川さん:こちらこそよろしくお願いします。弊社の社名「リテラブースト」はセルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること)について正しく理解・分析・解釈(Literacy)する楽しみを応援・増進(Boost)するという企業理念からきています。日頃は主に企業の健康管理や薬局向けのセミナー・講演会活動をしておりますが、旅行関係の業界との接点はほとんどありませんでした。海外旅行にはまだまだ厳しい制約があると承知していますが、来たるべき再開の日に向かい、お役に立てるアドバイスになればうれしいと思います。

編集部:海外旅行出発前の準備で、風邪薬・胃腸薬・絆創膏などを用意するのはほぼすべての旅行者が行っていると思いますが、「プロ」からのアドバイスを頂ければと思います。

曽川さん:はい。次のリストをチェックして頂きたいと思います。【飲み薬】【応急処置用品とその薬】【その他の薬や衛生用品】の3つです。まず、【飲み薬】ですが、日頃、服用している薬のある方は、旅行日数+7日分くらいの予備を持って行くことをおすすめします。近年は世界中で予想を超える自然災害も増えてきていますし、航空会社のストライキなどで、帰国予定に遅延が生じることに備えてです。そして、持病がない方でも海外旅行先では、やはり、環境の変化や見えない疲れなどにより、体調を崩しがちです。特に胃腸の調子は実に70%の方に異変が出る、というデータもあるようですので、整腸剤(無理やり下痢を止めないもの)と胃薬(胃酸を抑え、消化を助ける薬)は持参必須だと思います。また体質によっては抗アレルギー薬(抗ヒスタミン剤と呼ばれる系統)や酔い止めもあった方がよいでしょう。それと登山はもちろん、ハイキング・トレッキングなど、一定以上の高度の場所へ行かれる方は高山病の対処薬ですね。

編集部:確かに。日本人にも人気のユングフラウヨッホやモンブランなど、ロープウェイや登山鉄道を利用し、気軽に「観光」感覚で富士山クラスの高さまで上がれますので、重症化しなくても「頭が痛くなった」「息苦しさを感じて足がふらついた」という体験談を聞いたことがあります。

曽川さん:次に【応急処置用品とその薬】はそれほど特別なものはありませんが、消毒薬、ガーゼや絆創膏・包帯・テープ、はさみ(小)、デジタル体温計、点眼薬(抗アレルギー薬や人工涙液)、きず薬(ゲンタマイシンなどの抗菌剤の軟膏)、虫さされの塗り薬(抗炎症作用や痒みどめ効果のあるもの)です。そして最後の【その他の薬や衛生用品】は虫よけ剤、日焼け止め、アルコールなどのハンドジェル、生水を消毒する薬といったところですね。

薬類持参にあたっての注意点は?

薬類持参にあたっての注意点は?
英文薬剤携行証明書が必要なケースも ©iStock

編集部:持参すべきもの、した方がよいもの、参考になりました。次に持参にあたっての注意点などあれば教えてください。厳しい国では違法薬物所持に対しては最悪、死刑判決が下されるほどですから、薬の持ち込みで無用なトラブルは避けたいですよね。

曽川さん:そうですね。もちろん、慢性的な治療のために処方された薬は、基本的には、旅行中に飲む相当量を機内へ持ち込むことが可能です。ただし、インスリン注射や国によって規制の対象となっている薬は、海外の保安検査場や税関などで問われる可能性があります。特に、睡眠導入薬や、てんかんなどの治療に使う抗精神病薬は、持参薬を証明する英文での「薬剤携行証明書」があると安心です。
さらに、痛み止めとして使う医療用麻薬は、あらかじめ地方厚生局に届け出て、「麻薬携帯輸出許可書」「輸入許可書」を受け取り、持参することが必要です。詳しいことは、かかりつけの医師や各地方厚生局に確認しておきましょう。

編集部:「英文薬剤携行証明書」ですか?初めて聞きました。

曽川さん:英文薬剤携行証明書は、海外に持参する薬でトラブルを起こさないための英文で書かれた証明書です。決まった書式はないのですが、患者氏名、疾患名 、薬剤名(一般名)、 含有量、数量、医師名・病院名および住所、電話番号などを記載します。この証明書は、処方した主治医や調剤した薬局の薬剤師が作成し、署名を施すことで正式なものとなります。この署名がない説明書では、証明書にならないので気をつけてください。日本では服用できても、入国先によっては持ち込み禁止の成分や、持ち込める分量に上限のある場合があるので、入国先の在日大使館などで確認をしてください。

編集部:作成は有料ですか?

曽川さん:はい。依頼先により異なりますが、おおよそ5~6000円だと思います。

編集部:旅費に上乗せは痛いところですが、安全に旅するための必要経費と言ったところですね。

曽川さん:そうですね。それと薬剤携行証明書までは必要ない薬でも、万が一、現地で処方が必要になった場合や入国管理時の検査で質問された時に備えて、「薬情」の翻訳文書も持って行けば万全かと思います。

編集部:「やくじょう」ですか?また聞きなれない単語が出てきました。

曽川さん:薬情の正式名称は「薬剤情報提供文書」で、調剤した薬の名前と薬効成分名、成分の分量、用法用量、服用上の注意や副作用などの注意事項、その他薬剤師が必要だと思った事項が記載されています。これは英語のみならず、主要な言語に翻訳したものが用意できることが多いので、薬局で聞いてみてください。

編集部:こちらのお値段は……。

曽川さん:ご安心ください。これは無料です。

薬局を活用しよう。かかりつけの「薬剤師」を持つメリット

薬局を活用しよう。かかりつけの「薬剤師」を持つメリット
気軽に相談できる薬剤師は旅行者の心強い味方 ©iStock

曽川さん:旅行前に限らず、薬局をさまざまな場面で活用することのできる「かかりつけ薬剤師」というのを、ご存じですか?

編集部:「かかりつけ医」は広く浸透してますが、「かかりつけ薬剤師」ですか?

曽川さん:薬局は決まった所を使う方が多いでしょうが、薬局によっては薬剤師が複数人、勤務している所もあり、患者さんにとっては、毎回、異なる薬剤師の対応だと、その都度、ゼロから話をするのも大変ですよね。そこでいつも利用している薬局に「かかりつけ薬剤師」制度の申し込みをしておくと、自分のかかっている病院すべての薬や病状のほか、生活リズムやアレルギーなども把握している薬剤師に、24時間いつでも電話やメールで相談に応じてもらうことができます。例えば海外で市販薬を買うときには、細かい注意が必要です。頭痛薬や風邪薬など同じ用途・銘柄でも、海外と日本では含有成分が異なったり、体格などの違いから、その用量や飲み方が異なるものもあるからです。そんな時に、すぐにその薬剤師に電話をかけて相談すると、対応してくれるでしょう。かかりつけ薬剤師は、その患者さんのすべての服薬情報と治療経緯を把握し、生活リズムもふまえた上で継続的に治療と服薬、健康管理をサポートしてくれるので、万が一の緊急連絡でも話がスムーズです。

編集部:便利なシステムですね。ところですぐにお金の話をして恐縮ですが、有料ですか?

曽川さん:かかりつけ薬剤師を指定することでの契約料的なものは発生しませんが、かかりつけ薬剤師から薬の説明を受けてもらったときは、処方箋1回の受付ごとに60~100円くらい、お会計が高くなります(3割負担の場合)。万が一、かかりつけ薬剤師が不在で、他の薬剤師から薬の説明を受けたときには、その費用はかかりません。その場合でも、きちんと情報が共有され、確認の必要があるときにはすぐに連絡がもらえたり、いつもすぐに相談対応できる体制でサポートしてくれます。

編集部:それはとてもリーズナブルですね。

曽川さん:はい。電話をかけるほか、旅行前に相談することで、翻訳された薬情、病気や副作用歴を伝える文書、薬を保管するための乾燥剤などもお願いすれば気軽に手配してくれると思います。携行における注意事項、時差などで飲み忘れたときの対処方法、治療経過から副作用の出やすい状況、旅行前に備えておきたい持参品などもアドバイスしてくれたり、安心を得られるメリットが多々あります。

編集部:なるほど。かかりつけ薬剤師を持たないまでも、担当薬剤師とのコミュニケーションは密にした方がお得、ということですね。

曽川さん:そう思います。日常生活で気になることなど、ちょっとしたことでも相談頂くと、私自身もそうですが、信頼されている感じがして、少しでも有益な情報を差し上げたい、と思うものです。

せっかくの機会なので他にアドバイス頂けることがあれば

せっかくの機会なので他にアドバイス頂けることがあれば
薬剤師を身近な存在に。

編集部:「健康管理のプロ、薬剤師からの海外旅行を楽しむためのアドバイス」として、大変参考になる技術的なこと、実践的なお話を伺ってきました。さきほど、自分の健康管理に携わってくれる薬剤師とはコミュニケーションを密にした方がお得、とのアドバイスもいただきました。曽川さんは私の担当薬剤師というわけではありませんが、せっかくの機会なので、いくつかの質問をよろしいでしょうか?

曽川さん:もちろんです。

編集部:かかりつけ薬剤師に「薬を保管するための乾燥剤をもらう」というお話がありました。私の場合、携帯する薬は特に気にせず、洗面用具などと一緒にポーチに投げ込んで持って行ってるのですが、保管方法には配慮した方が良いということでしょうか?

曽川さん:必要以上に神経質になることはないと思いますが、薬効を考えれば、高温・多湿・光が当たる状況は避けるべきです。また、最近は、水なしでも飲みやすい「OD錠」という軟らかい錠剤も多く、押しつぶされて飲めなくならないよう、遮光できる缶などに、乾燥剤をいれて携帯するのもおすすめです。乾燥剤は100円ショップなどでも購入できますが、薬局では大量の薬剤を保管していますから、乾燥剤は必須であり、納品された薬の箱にはたくさん入っていますので、ご旅行が近ければ窓口でお願いしてみると、おそらく分けてくれると思いますよ。それから翻訳した薬情を携行する場合はその薬と一緒にしておいたほうがいいですね。薬局で購入した市販薬なら、買った箱ごと持っていきましょう。

編集部:わかりました。

曽川さん:薬のパッケージについても薬局で相談してほしいものが、一部あります。例えば、薬を直接のシートから出しておこなう一包化(飲むタイミングごとに1回分ずつパッケージすること)や、何の薬か分からない状態でパッケージされているような粉薬。これらは違法薬物と疑われる可能性があるため、あらかじめ相談しておきましょう。

編集部:1日2回、朝・夕などと服薬のタイミングを指示されている場合、時差はどのように考えればいいですか?

曽川さん:日本出発からの継続性ということで言えば、スマートフォンなどで日本時間に合わせての服薬が理想ですが、時差が大きい地域では深夜に当たることもあるでしょうから、「何時間間隔で服用しないと症状が抑えられない」というケース以外は、柔軟に現地のリズムに合わせてください。それと万が一、現地病院で治療を受けるような事態になったことを考えて、持病や「(ここが)痛い」「熱がある」など、基本的な症状の現地語表現は知っておいた方がいいと思います。「地球の歩き方」を拝見すると、そのページがありますよね。

編集部:はい。お任せください! ガイドブック各タイトルとも「旅の準備と技術」で紹介しています。

コロナ過での代謝低下に注意

コロナ過での代謝低下に注意
部位別基礎代謝量表

編集部:ここまで「海外旅行と薬」について、実践的なお話をいろいろとお伺いしてきました。処方薬と聞くと、「ある年代から上の話」と思うかもしれませんが、海外旅行のタイミングで、抗アレルギー剤や外科、皮膚科系など一時的な疾患を抱え、処方薬を携行することもあるかと思いますので、慢性的な持病をお持ちでない方も、ぜひ、参考にしていただければと思います。さて、このシリーズでは前回、フィットネスクラブのトレーナーに「海外旅行再開の日に向けた健康な体づくり」を学びました。薬剤師のお立場から同じテーマで「これを伝えたい」ということがありましら、お願いします。

曽川さん:その記事は拝見いたしました。トレーナーの方のお話にあった、「代謝」や「スムーズな血の巡り」を重視することは医療の視点から見ても全く同感です。最近、少しずつ経済活動が緩和され、通勤電車内の乗客も増えてきましたが、私の周囲では大学や企業の新入社員は依然として在宅のままで、まだ一度も学校・会社に行ったことがない、という話を聞きます。外出機会の減少はどうしても、動きが減る→代謝が落ちる→自律神経の乱れ、といった悪循環に陥りやすい環境にあると言えるでしょう。また、在宅ワークの場合、有酸素運動である「歩く」量が極端に減少するため、消化しきれないカロリーが糖質値の上昇を招き、中性脂肪やコレステロールのバランスが崩れる原因となります。

編集部:代謝減、コレステロール、中性脂肪、糖質……。ある年齢以上になると、頻繁に耳に入ってくる「刺さる」言葉ですね。

曽川さん:そうですね。よく、「30過ぎたら代謝が落ちるから、気をつけないと」と耳にするかと思いますが、実は基礎代謝量のピークは男女とも10代後半で、以降は右肩下がりに低下していきますが、その下がり方は、日常的に運動習慣のある人では緩やかであるといわれています。反対に、暴飲暴食や運動不足などがあると、急減するとも言われていますから、20代の方も油断せず、代謝が急に下がらぬよう、適度な運動の継続を意識して頂ければと思います。上の表を参照してください。単独の部位で言うと、人間の体で一番代謝量が多いのは肝臓で、以下、脳、心臓、腎臓と続きます。しかし、これらの臓器は「鍛える」わけにはいきません。では、どこの代謝を上げるのか?「骨格筋」です。簡単に言うと、骨格筋とは骨格に付着した、姿勢を維持したり、体を動かす筋肉です。皆さんが「筋肉」と聞いてイメージする腹筋・背筋、腕や足の筋肉と考えればわかりやすいかと思います。この骨格筋が一番多いのが、下肢であり、その中でも太腿になります。従って、負荷をかけた特別なトレーニングでなくても、無意識のうちにその筋肉を使う「歩く」という運動が有効と言えます。

編集部:この2回のインタビューで私も少し「筋肉」について語れそうな気がしてきました。本日は専門的なお話を分かりやすく解説して頂き、ありがとうございました。

曽川さん:旅行者の方向けと言うより、患者さん向けの話と受け取られないか、心配ですが、現在、薬局を利用されている方はもちろん、全く通院・投薬の必要なない方にも、薬局や薬剤師の活用の仕方を知って頂ければ幸いです。また、海外旅行が再開した時、荷造りの際に、「薬」を手にしたらこの記事を思い出して頂ければうれしいです。

■ プロフィール

曽川 雅子((株)リテラブースト代表取締役、薬剤師・保育士・登録販売者)
東北薬科大学(現・東北医科薬科大学)を卒業後、調剤薬局に勤務。
薬局へ足を運ぶ機会の少ない人にも、セルフメディケーションの活用方法を伝えたいという思いから、2017年に、指先1滴の血液からその場で検査結果の分かる「検体測定室」を軸とする「株式会社リテラブースト」を設立。
処方せん薬に偏ることなく、予防医療やヘルスリテラシーのあり方について広く情報を広めるため、日常生活に身近なスポーツジムや、行政施設、健康経営を掲げる民間企業への健康セミナーなどに奔走中。


地球の歩き方編集部 柳正樹

筆者

地球の歩き方書籍編集部

1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。

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