知られざるスペインの魅力に出合う アラゴン州の旅 Vol.2 テルエルとアルバラシン

公開日 : 2019年03月08日
最終更新 :
町を見渡せばイスラム風の塔がいくつも聳えている
町を見渡せばイスラム風の塔がいくつも聳えている

アラゴン州の州都サラゴサから鉄道で2時間半の距離にあるテルエルは、ムデハル様式(ムデハルとは、レコンキスタ後もスペインに残ったイスラム教徒のこと)の町並みが有名で、もともと、世界遺産に登録されたのは「テルエルのムデハル様式の建築物」でした。後にサラゴサなどのイスラム建築と併せて「アラゴンのムデハル様式の建築物」へと発展した経緯があります。ここテルエルこそが、もっともイスラム文化の薫りを残している町で、見渡せばイスラム風の塔がいくつも聳えています。エキゾチックなテルエルで歴史に想いを馳せ、さらに近郊の美しい村アルバラシンにも足を延ばしました。

世界遺産に登録されているサン・ペドロ教会へ

世界遺産に登録されているサン・ペドロ教会へ
鉄道で町に到着して最初にするのはこの大階段を登りきること

テルエル駅に到着すると、駅前からまっすぐに大きな階段が伸びています。俗に「テルエルの大階段」と呼ばれる、ネオ・ムデハル様式で造られた標高差26mの階段です。登りきった先にテルエルの町はあります。

暗い礼拝堂に照明が灯され、厳かな空間が浮かびあがる
暗い礼拝堂に照明が灯され、厳かな空間が浮かびあがる

テルエルを代表する建築物といえば、ムデハル様式とゴシック様式が混淆した、サン・ペドロ教会。今ある教会堂は14世紀に建てられたもので、修復や改装が繰り返されていますが、イスラム風の特徴は損なわれていません。

ムデハル調の装飾が描かれた側壁
ムデハル調の装飾が描かれた側壁

サン・ペドロ教会本堂の装飾は、18~19世紀にかけ、20年近くを要して全面的に改装されました。イスラムを象徴する八芒星のなかにキリストを象徴する十字が描かれています。

アラゴンの歴史と美術に詳しいベレンさん
アラゴンの歴史と美術に詳しいベレンさん

長年要した装飾作業は1910年9月29日に終了しました。責任者として地元の画家のサルバドール・ギスベルトが壁にその日付を描き残しています。その日付を嬉しそうに指さしているのは、サルバドールのひ孫のベレン・ギスベルトさん。彼女はサン・ペドロ教会の学芸員をしていて、私を案内してくださいました。

サン・ペドロ教会の本堂は荘厳です。ルネサンス様式の祭壇は16世紀の作品。その上の鮮やかなステンドグラスは、バルセロナのガウディの作品をも手がけた工房の作品です。そして、天井に輝く無数の星はすべてイスラム教を象徴する八芒星。カトリックの教会の天井にイスラムの星がきらめいているのを見て、スペイン人の芸術センスの自由闊達さは素晴らしいと感服しました。

教会の天井には、まるで夜空のように星がきらめいている
教会の天井には、まるで夜空のように星がきらめいている

実話だったスペイン版「ロミオとジュリエット」

実話だったスペイン版「ロミオとジュリエット」
19世紀まで棺はなく、ふたりの亡骸が公開されていたという

サン・ペドロ教会を世に知らしめている理由は、世界遺産に指定された、特徴ある建築様式ばかりではありません。スペインでは知らない人がいない物語「テルエルの恋人たち」の主人公たちの墓がここにあるのです。悲劇的な物語のあらすじはこうです。

13世紀初頭のこと。子供の頃から仲良しだったディエゴとイサベルは、大人になったら結婚しようと約束をしていました。しかし、ディエゴの家は貧しく、富豪の娘のイサベルとの結婚はかないませんでした。イサベルが他の男と結婚式を挙げることを聞いて式場に駆けつけたディエゴは、哀しみに打ちひしがれ、その場で崩れ落ちて息を引き取りました。翌日、イサベルは葬式場を訪れ、冷たくなったディエゴに口づけをして、そのままイサベルも息を引き取りました。

この伝説は、1555年にサン・ペドロ教会の修復工事の際に、ふたりの亡骸が発見されて実話だったことが証明され、ヨーロッパ中で話題になりました。また、スペイン版「ロミオとジュリエット」と紹介されることもある「テルエルの恋人たち」ですが、時期からいって、英国の作家シェイクスピアがこの報告を伝え聞いたことで着想を得て「ロミオとジュリエット」を書き表したので、「テルエルの恋人たち」こそがオリジナルではないかとも推測されています。

発見から400年後の1955年に、改めてふたりをかたどった棺が造られ、教会に安置されました。こうしてディエゴとイサベルは永遠にふたりきりで過ごすことができるようになりました。

あと少しの距離でふたりは一緒になれる、という絶妙な彫刻
あと少しの距離でふたりは一緒になれる、という絶妙な彫刻

棺の彫刻をよく見ると、愛し合うふたりの手が重なっているように見えますが、実はほんの少しだけ離れています。現世で成就できなかったふたりの愛が表現されていて、せつなく感じます。

大聖堂は中世の常識を破るムデハル美術が必見

大聖堂は中世の常識を破るムデハル美術が必見
トリコ広場を囲む建物はモデルニスモ建築が多い

テルエルの町の中心はトリコ広場。トリコはスペイン語で「小さな牛」の意味です。広場のまんなかに立っているのがその牛の像。12世紀に、イスラム教徒からこの地域を奪ったキリスト教徒のアラゴン王が牛を放し、周辺でもっとも標高が高く、牛が立ち止まったこの場所を起点に町を作った故事に由来しています。

アラゴン王は、イスラム教徒の高い建築技術を好んでいました。そのためテルエルは、イスラム調建築が多く見られる町になりました。

その後、時代は移り変わり、20世紀初頭にはモデルニスモ建築が流行します。古きと新しきが混在する町並みがテルエルの魅力です。

大聖堂の正式名はサンタ・マリア・デ・メディアビーリャ大聖堂
大聖堂の正式名はサンタ・マリア・デ・メディアビーリャ大聖堂

テルエルの大聖堂は、ロマネスクとイスラムの様式美を兼ね備えた独特の建物です。もともとはイスラム風だったのでれんが造りの建築でしたが、近世に最新流行を追ってヨーロッパ風の石造りに改装しました。しかし、近年の建築はオリジナルの姿を復元するのがトレンドなので、そのうちもとのれんが造りに修繕し直されるかもしれません。

内装は石造りに見えるが実はれんが造りに薄い石を貼っただけ
内装は石造りに見えるが実はれんが造りに薄い石を貼っただけ
13世紀のイスラム教徒はハチマキを巻いていたと分かる絵画
13世紀のイスラム教徒はハチマキを巻いていたと分かる絵画

大聖堂で特に目を引くのは、天井装飾に描かれた様々な人物画です。昔は、人物画とは王侯貴族や貴婦人を描くものとされ、庶民を描くという発想はまったくありませんでした。しかしここの天井に描かれているのは、大聖堂を建築中の職人や、おかみさん、イスラム教徒など、当時の常識では考えられない「普通の人々」の姿が描かれています。白いハチマキを巻いているのがイスラム教徒です。美術的に色彩が豊かで楽しめるだけでなく、民俗学的にもたいへん興味深い天井装飾です。

大聖堂はスペイン内戦の際にフランコ軍の爆撃を受けましたが、幸いにもごく一部に被害を受けただけで中世の姿を残しています。その被害の痕は現在も天井に残っていて、説明されないとわからない程度ではありますが、それが逆に痛々しく感じます。

スペインで最も美しい村、アルバラシンへ

スペインで最も美しい村、アルバラシンへ
この地方で採掘される赤茶の石で建てられた家並みが独特

テルエルから車で国道を40分ほど西へ、森や丘を越えて走ると、渓谷の上に聳える城塞都市、アルバラシンに到着します。もともとはイスラム教徒の難攻不落の小王国がありました。12世紀にキリスト教徒の領地となってから、今あるカテドラルを中心とした町並みが築かれています。切りたった丘の上にある家並みを見ると、確かに難攻不落の町だと思います。
アルバラシンの現在の人口は1000人ほど。ただし城塞都市に住んでいるのはそのうち1/4ほどと言われています。

森の多いアラゴン州は秋に来れば紅葉が見られる
森の多いアラゴン州は秋に来れば紅葉が見られる
マヨール広場はもともと市場だった
マヨール広場はもともと市場だった

マヨール広場から周囲を見渡すと、大聖堂を中心に家並みが広がっているのが見えます。アルバラシンにはほかにも8つの教会があるそうです。人口が少ないにもかかわらず大聖堂(カテドラル)もあるのですから、宗教上もたいへん重要な町であることがうかがえます。さらにその奥には、イスラム教徒が造った要塞が見えます。歴史を感じさせる風景です。

古い家をここまでよく保存している村はスペインでも多くない
古い家をここまでよく保存している村はスペインでも多くない

アルバラシンでもっとも有名なのは、絢爛な大聖堂よりも、城壁を入ってすぐの二叉の道に建つ素朴な建物、フリアネタ館 Casa Julianetaかもしれません。その立地から鋭角で、1階よりも2階が大きい、居住性を確保しようとした独特な形をしています。14世紀に建てられた、現存する最古の屋敷なのですが、やや傾いていて、修復がものすごく大変だったそうです。

アルバラシン・チーズはクセの無いあっさりとした味で食べやすい
アルバラシン・チーズはクセの無いあっさりとした味で食べやすい

アルバラシンは「スペインで最も美しい村」に選ばれるほど景観が美しいことで有名ですが、そればかりでなく「スペインで最もチーズが美味しい村」でもあるのです。世界のチーズ関係者が集まっておいしいチーズに賞を与えるコンテスト「世界チーズ大賞」に出品された3500を超えるチーズのなかから、金賞を受賞したのがこのアルバラシン・チーズです。

チーズには独特の匂いがあるため、ワインの味を引き立てるものを作るのはすごく難しいと聞きますが、それをなしとげたのが、クセのないまろやかなアルバラシン・チーズ。ずばり「ワインに合うチーズ」をコンセプトに、良質の飼料で育てられた山羊や羊のミルクから作られており、「チーズのハモン・イベリコ」とも評されるほどの絶品です。購入は、アルバラシン旧市街はもちろん、テルエルやサラゴサでも可能です。

画家ならイーゼルを、写真家は三脚を立てたくなる絶景
画家ならイーゼルを、写真家は三脚を立てたくなる絶景

美しいアルバラシンは、夜景の美しさもまた群を抜いています。スペイン広しといえども、これほど見事な夜景はなかなか無いでしょう。それだけにアルバラシンは芸術家に好まれており、日本からも美術愛好家のグループが来て一週間滞在し、イーゼルを立てて絵を描いていたこともあるそうです。

県内唯一ミシュランの星を獲得したのはアルバラシン出身のシェフ!

県内唯一ミシュランの星を獲得したのはアルバラシン出身のシェフ!
オスペデリアは2018年に大改装をして内装は一新

アルバラシンは小さな町ながら、おいしい郷土料理を出す店がいくつもありますが、とびきりおいしいレストランへ行きたいなら、町から西へ約15kmほど離れた森の中にある、ホテルとレストランを兼ねた「エル・バタン El Batan」がお勧めです。テルエル県で唯一のミシュランの星を獲得したレストランですから、アルバラシンから車で20分かけてドライブして来る価値は十二分にあります。レストランだけの利用ももちろんできます。

おいしい郷土料理の店をつくりたいという夢を実現したマリアさん
おいしい郷土料理の店をつくりたいという夢を実現したマリアさん

シェフのマリア・ホセMaría José Medaさんはアルバラシン出身。大学卒業後に、建物の修復ワークショップで夫となるセバスティアンさんと出会って意気投合し、ふたりで古民家を改修してオスペデリア(宿と料理店を兼ねた店)を開業することにしました。夫がマネージメント、妻がシェフを担当しています。この時マリアさんは本格的な料理は未経験だったので、母親から料理を習いながら、地元産の食材を使用して、質の高いクリエイティブな郷土料理を模索します。そして2013年にミシュランの星を獲得しました。

料理には日本の食材も取り入れている
料理には日本の食材も取り入れている

マリアさんは、2016年に当時4歳の息子を連れて、東京へ2週間の旅行に来たそうです。昨今のスペインでは日本の文化や料理の人気が高く、日本への旅行者が年々増えています。幼児がいたので格式の高いレストランの予約が取れなかったため、ラーメン店などのカジュアルな店をまわっていたとか。ラーメンはスペインでも人気なのですが、ミシュランの星を獲得したシェフが「スペインで食べたラーメンとまったく違い、本物の味はこうだったのかと楽しみました」と嬉しそうに話すのを聞いて、私も嬉しく思いました。

「同様に、日本のスペイン料理はやはり本物とは違います。今日は、本物を楽しんで下さい」とやさしい笑顔で言ってくださいました。

エル・バタンのグルメメニューはコースで49ユーロ。ミシュランの星を獲得したレストランとしては、スペインでもっとも安い料金でコースが楽しめます。料理を運んでくださったのは夫のセバスティアンさん。二人三脚で、子育てをしながら、質の高い仕事を思う存分にしている夫婦に感服しました。

■ エル・バタン Hospederia El Batan
・住所: Ctra. Comarcal, 1512, Tramacastilla, Teruel
・営業: 昼13:30~15:00、夜21:00~22:30
・定休: 1月、火

次は、一気に北上して、フランスとの国境に横たわるピレネー山脈の麓へ、ロマネスク美術を堪能しにいきます! 
→Vol.3へ


取材協力: アラゴン州観光局/スペイン政府観光局
http://www.turismodearagon.com/es
https://www.spain.info/ja/


フォトグラファー:有賀正博

筆者

地球の歩き方書籍編集部

1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。

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