知られざるスペインの魅力に出合う アラゴン州の旅 Vol.3 ピレネーでロマネスク美術

公開日 : 2019年04月05日
最終更新 :
標高3000mを超える雪山が続くピレネー山脈
標高3000mを超える雪山が続くピレネー山脈

アラゴン州の北には東西430kmに渡る大山脈、ピレネー山脈が聳えています。銀嶺の向こうには氷河があり、フランスとの自然の国境となっています。8~12世紀のイスラム時代にも、山が多いアラゴン北部にまでは、モーロ人の統治は及びませんでした。そのためモーロ人統治下にあったアラゴン州南部とは、建物の雰囲気がずいぶん違い、教会もムデハル調ではなくロマネスク様式で建設されています。今日は、ピレネーの麓へロマネスク美術を堪能しにやってきました。

ロマネスク美術を訪ねてピレネー山脈の麓へ

ロマネスク美術を訪ねてピレネー山脈の麓へ
サンティアゴ巡礼路の「アラゴンルート」の途中にある

サラゴサに遷都するまでアラゴン王国の都だったハカから車で20分、ピレネー山脈を左に見ながら丘陵の道を登ると、紅葉のトンネルの向こうにサン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院 Real Monasterio de San Juan de la Peñaが見えてきます。落葉で埋まったこの道はサンティアゴ巡礼路でもあり、北はフランスへ、そして西は約800km先の聖都サンティアゴ・デ・コンポステーラへと続いています。

断崖の下のパワースポットが王立修道院になった
断崖の下のパワースポットが王立修道院になった

サン・フアンとはイエスに洗礼を授けたヨハネのことで、ペーニャは崖の意味です。その名のとおり、サン・フアン・デ・ラ・ペーニャは崖の下に築かれた修道院です。

もともとこの崖の下は、古代から神々のおわすパワースポットとして近隣の人々の信仰を集めていたのですが、キリスト教が普及するにつれて、もとの神々がキリスト教の神に置きかわり、やがてキリスト教の聖地となっていきます。また、中世には、イスラム教徒の攻撃を避けて信仰を守るのに適した、辺鄙な立地でした。

レコンキスタ後の1026年、ナバーラ王国のサンチョ大王がこのパワースポットを気に入って新たなロマネスク様式の教会を建て、サン・フアン・デ・ラ・ペーニャと名付けました。山奥にひっそりと佇む修道院ですが、アラゴン歴代王の墓も置かれた特別な地位にあるのです。往時の修道士たちは地下でひっそりと暮らし、瞑想を深めていたといいます。

修道士たちはここにむしろを敷いて眠り、昼は瞑想を深めた
修道士たちはここにむしろを敷いて眠り、昼は瞑想を深めた
修復されて往年の姿が復元された回廊列柱
修復されて往年の姿が復元された回廊列柱

サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院を特徴づけているのがこの回廊列柱です。柱頭に聖書の物語が彫刻によって表現されていて、ロマネスク美術の傑作とされています。ロマネスクとは10世紀頃にフランスやイタリアで始まった宗教美術・建築様式のことで、特に彫刻の表現が素朴で、不思議な魅力があってカワイイと日本でも人気があります。

ロマネスクの彫刻は人の姿がユーモラスに表現されている
ロマネスクの彫刻は人の姿がユーモラスに表現されている

ロマネスク美術は、登場人物の顔や姿が一風変わっています。
上の写真は「楽園から追放されるアダム」の彫刻。リンゴを食べて、自らの裸の姿を恥じるアダムの姿が、4頭身でユーモラスです。目は虫の複眼のように表現されています。リンゴの樹は、当時のアラゴンの人は実物を見たことがないので、シダのような不思議な樹として表現されました。ちなみにイブは、この写真では見えませんがアダムの右側に刻まれています。

コミカルに感じるロマネスク美術は日本にもファンが多い
コミカルに感じるロマネスク美術は日本にもファンが多い

こちらは「聖ヨセフの夢」。寝ているヨセフのもとに天使が現われて「あなたの妻のマリアが男の子を産みます。その子をイエスと名付けなさい」と語りかけているシーンです。天使の身体が虫のような形をしている、ロマネスクらしい不思議な彫刻です。ロマネスク美術がこのように素朴でひょうきんに見えるのは、中世ヨーロッパの造型技術力が未熟で、美術的に言えばデッサン力がなかったためだといわれています。そのため、かえってダイナミックなデフォルメがなされ、ルネッサンス以降の西洋美術にはないプリミティブな美しさが感じられます。

■ サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院 Real Monasterio de San Juan de la Peña
・時間: 10:00~14:00、15:30~19:00
     (冬期は午後クローズなど、時期により異なる)
・料金: 7ユーロ
・URL: http://www.monasteriosanjuan.com/real-monasterio.php

ロアレ城からアラゴンの大平原を見渡す

ロアレ城からアラゴンの大平原を見渡す
ピレネー山脈の道は走っても走っても人里が少ない
アラゴンの平原を見下ろして建つロアレ城
アラゴンの平原を見下ろして建つロアレ城

次の目的地は、 ペーニャ修道院から南へ40kmほど離れた丘陵の南端に建つロアレ城。ここでピレネー山脈が終わり、この先は平原が広がります。ロアレ城は、サンチョ大王が、数km先にあるボレアというイスラム教徒の町を攻略するために建てた城です。現在見られる姿は、サンチョ1世(サンチョ大王の孫)の時代に増改築されたものです。11世紀のロマネスク建築としてはヨーロッパで最も保存状態のよい城として、しばしば映画のロケ地にも使われています。

つわものどもが夢のあと。今では静寂につつまれた城
つわものどもが夢のあと。今では静寂につつまれた城

城から南に広がる平原を見渡します。ボレアがそう遠くないところに見えます。これほど近くに攻撃の拠点が築かれたとあっては、ボレアに住むモーロ人はさぞ緊張したことでしょう。しかしながら、ボレアの守りは堅く、攻めあぐねたサンチョ1世は攻略対象を別の町に変更し、せっかく造ったロアレ城は放棄されてしまいます。保存状態がよいのは無人の状態が長かったためです。難を逃れたボレアですがその後、最終的にはレコンキスタが進みキリスト教徒に征服されてしまいます。

城には必ず礼拝堂があり、ミサが行われていた
城には必ず礼拝堂があり、ミサが行われていた

ロアレ城の教会部分です。ロマネスク建築の特徴は窓が小さくて室内が非常に暗いこと。ほんのりとした明暗の陰影が幻想的です。宗教的な必要性で演出をしているのではなく、この時代は建築学が未熟で大きな窓を作ることが出来なかったためです。ロマネスク建築の特徴はもうひとつ、部屋が狭いということもあるのですが、ここは王立礼拝堂だけあって当時としてはたいへん大きな礼拝堂です。

縄文美術に通じるようにも見えるロマネスク美術
縄文美術に通じるようにも見えるロマネスク美術

ここでも柱頭の装飾は見逃せません。この不思議な造型の発想はどこから出てくるのでしょうか。

ロマネスクの素朴なスタイルで表現された聖母とイエス
ロマネスクの素朴なスタイルで表現された聖母とイエス

幼子のイエスを抱く聖母マリア。ロマネスク時代はまだマリア信仰が確立していなかったので、マリアの存在はそれほど重視されておらず、ここではイエスの椅子の役を果たすだけのシンプルな姿をしています。ロマネスク以降になると、マリアはもっとイキイキとした写実的な姿をして息子のイエスを見つめていて、息子もまた母を見つめるようになります。

明るい屋外から城に入ると屋内は薄暗く感じる
明るい屋外から城に入ると屋内は薄暗く感じる

正面エントランスの階段も薄暗いです。大雨が降るとこの階段に水が流れてきて、あたかも噴水のような「水の階段」になるそうです。それは設計ミスではなく、そうなるように造られているのだとか。なかなか風流ですが、冬は冷たい水と風が吹きぬけて、さぞ寒かったことでしょう。

アラゴン州南部のイスラム調建築(→Vol.2)とはまったく違うロマネスク建築を堪能して、ロアレ城を後に。
こうしてアラゴン州の旅は終了しました。

■ ロアレ城 Castillo de Loarre
・時間: 10:00~19:00
    (冬期は11:00~17:30など、時期により異なる)
・料金: 4.50ユーロ
・URL: http://castillodeloarre.es/

この旅では、イスラムと西欧が融合したムデハル様式に、ヨーロッパらしいロマネスク様式などと、特徴的で魅力に満ちた建築・美術に数多くふれることができました。
スペインの複雑な歴史・文化、その奥深さを抱くアラゴン州へ、みなさんもぜひ訪れてみてください。

→Vol.1 サラゴサ
→Vol.2 テルエルとアルバラシン


取材協力: アラゴン州観光局/スペイン政府観光局
http://www.turismodearagon.com/es
https://www.spain.info/ja/


フォトグラファー:有賀正博

筆者

地球の歩き方書籍編集部

1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。

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