コソヴォとアルバニアの旅 vol.1【コソヴォ】紛争を乗り越え誕生したヨーロッパで最も若い国

公開日 : 2018年03月05日
最終更新 :
民族衣装でお出迎え
民族衣装でお出迎え

コソヴォはまだまだ日本人にとって馴染みの薄い国ですが、それもそのはずで、独立したのは2008年のこと。独立する前はセルビア共和国内の自治州で、セルビア系の住民とアルバニア系の住民の対立の激化から紛争を経ての独立でした。独立から10年が経ったコソヴォは、ヨーロッパで最も若い国と言われています。それは単に独立してからの年月が短いだけでなく、実際にも若い人が多く、人口の70%以上が30歳以下なのです。紛争を乗り越え、若い力で発展していくコソヴォを旅してみました。

コソヴォの玄関、首都プリシュティーナ

コソヴォの玄関、首都プリシュティーナ
マザー・テレサ大聖堂と内部を彩るステンドグラス

マザー・テレサとコソヴォはあまり結び付かないかもしれませんが、実はマザー・テレサはアルバニア人。首都プリシュティーナにある大聖堂には、彼女の名前が付けられています。内部のステンドグラスはインドでの活動や、ノーベル賞授賞式など、マザー・テレサの生涯が描かれています。アルバニア人の多くはイスラム教徒で、カトリックは少数派。しかし、この大聖堂の建設には宗教、宗派の関わりなく、世界中のアルバニア人からの寄付が集まりました。宗教を超えたアルバニア人の文化的モニュメントとみなされています。

コソヴォ国立図書館
コソヴォ国立図書館

プリシュティーナにはユーゴスラヴィア時代に建てられたモダン建築を多く見ることができます。なかでも印象的なのが国立図書館。奇抜過ぎる外観に賛否はありますが、コソヴォを代表する建築という点では間違いありません。99のドームはアルバニアの伝統的な帽子プリスをイメージしたものと言われています。建てられたのは1982年、クロアチア人建築家アンドゥリヤ・ムトゥニャコヴィッチによるデザインです。当時はクロアチアもコソヴォもユーゴスラヴィア連邦に属する国でした。

民族学博物館で再現された伝統的な部屋
民族学博物館で再現された伝統的な部屋

18世紀の建物を利用した民族博物館では、伝統的な暮らしを知ることができます。部屋には絨毯が敷いてあり、その上にそのまま座ったり、脚の低いイスに座るのが一般的で、いわゆるヨーロッパ的なテーブルとイスの生活とはずいぶん違います。コソヴォは13世紀末から20世紀初頭までオスマン帝国の領土だったので、トルコをはじめとする中近東諸国との生活文化の近さを感じさせます。部屋が男性用と女性用に明確に分けられているのもイスラム的な伝統です。

初期キリスト教の洗礼台跡
初期キリスト教の洗礼台跡

プリシュティーナの郊外には、ウルピアナという都市遺跡が残っています。名前はローマ帝国の五賢帝のひとりに数えられるトラヤヌス帝(マルクス・ウルピウス・トラヤヌス)が由来。ウルピアナはキリスト教初期の時代から重要な町で、西暦324年のニケーア公会議にも代表を送っていたということです。洗礼台の床にはモザイク画が描かれていますが、現在は砂で覆われて見ることはできません。観光業が順調に発展することで、近いうちに見られるようになるかもしれません。

良質な水と美しい自然に囲まれた聖地ペヤ

良質な水と美しい自然に囲まれた聖地ペヤ
町の西にはルゴヴァ渓谷が広がっている

ペヤはコソヴォ西部の中心都市。西側には山が連なり、景勝地ルゴヴァ渓谷へは3kmほど。市内から自転車をレンタルして行くこともできます。ルゴヴァ渓谷の入口に建つ修道院は、中世セルビア正教の総本山ともいうべき総主教修道院で、世界遺産にも登録されています。美しい自然に囲まれたペヤは良質な水でも有名。名産のビールは町の名前そのままのペヤ。国内一番人気で、隣国のアルバニアでも最もポピュラーな銘柄として親しまれています。

中世セルビア正教を代表する修道院
中世セルビア正教を代表する修道院

ペヤの外れにあるペヤ総主教修道院は、中世セルビア正教で最も重要な修道院で、現在のセルビア正教でも特別な地位を占めている世界遺産の修道院です。敷地内でとりわけ目立つのは13〜14世紀にかけて建てられた赤い外観の教会。3つの教会がつながっており、内部は美しいフレスコ画によって彩られています。フレスコ画は創建当初のもの以外に、16、17世紀に加えられたものがあり、時代によるスタイルの変化を比較してみるのも面白いです。英語のオーディオガイドで解説を聞きながらじっくりと鑑賞しましょう。

歴史が息づく旧都、プリズレン

歴史が息づく旧都、プリズレン
ビストリツァ川沿いに広がるプリズレンの旧市街

プリズレンはコソヴォ南部の中心都市。丘の上に建つ要塞がひときわ印象的で、要塞からは町全体を見渡すことができます。町の中心を流れるビストリツァ川にはオスマン帝国時代に造られた石橋が架かっており、両岸にはモスクを始めとする建物が残るなど、歴史的な町並みが見どころ。古くから交易で栄えてきたため、様々な民族、宗教の人々が住んでいます。イスラム教のモスク、カトリック教会、セルビア正教の教会が隣接するのもポイント。町の人々の会話に耳を傾けると、アルバニア語だけでなく、トルコ語もよく耳にします。

旧市街の中心広場、シャドゥルヴァーン
旧市街の中心広場、シャドゥルヴァーン

ビストリツァ川の南岸、オスマン帝国時代の橋を渡った先にある広場とその周辺は、シャドゥルヴァーンと呼ばれる地区。レストランやカフェ、ショップがたくさん並ぶにぎやかな地域です。シャドゥルバーンとは噴水という意味。広場の中心にはオスマン帝国時代の噴水が今も残っています。この水を飲むと再びプリズレンに戻って来ることができるとも、近いうちに結婚ができるようになるとも言われています。

ソフラで輪になって食べる伝統料理

ソフラで輪になって食べる伝統料理
伝統音楽とおいしい食事を楽しみながら過ごすコソヴォの夜

アルバニア人の食事は、ソフラという脚の短い円形の食卓を囲んで、床に座って食べるスタイルが伝統的。どことなく畳とちゃぶ台で食べる日本式と通じるものを感じます。ソフラを囲んで大勢で食べるときには伝統的な浅い鍋、サチで調理された料理が定番。パイやメインの肉料理、デザートまで実に幅広い料理がサチによって作られます。

サチで作る伝統料理、フリーヤ
サチで作る伝統料理、フリーヤ

サチを使って実際に調理するところも見せてもらいました。今回作って頂いたのは、クレープ状の生地を何重にも重ねて、サワークリームで味付けをするフリーヤという伝統料理。ユニークなのは、その熱し方です。上に灰をかけたサチの蓋をストーブの上に置いてあらかじめ熱しておき、その蓋を料理の上に乗せることで上からも熱が入るという仕組みです。

地球の歩き方A25「中欧」 編集スタッフ 平田功

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筆者

地球の歩き方書籍編集部

1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。

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