「もので、ひとで、伝えていく屋久島。」―― YAKUSHIMA BLESSの描く未来

公開日 : 2022年05月14日
最終更新 :
YAKUSHIMA BLESS代表の金田知博さん、店長の幸代さんご夫妻
YAKUSHIMA BLESS代表の金田知博さん、店長の幸代さんご夫妻

いつもの旅にSDGsの視点を――。SDGsとは持続可能な開発目標のこと。近年、観光分野でもSDGsを取り入れた、レスポンシブルツーリズム(環境への負荷を考え、責任を持って旅をする)という考え方が注目されています。世界自然遺産に登録された島々の自然や人々の暮らし・文化などを、この先、子どもや孫の世代まで残すには何をすべきなのか?今回は屋久島・安房(あんぼう)に店を構える新コンセプトショップ「YAKUSIHMA BLESS」に、屋久杉を中心とした島の自然の恩恵と持続可能な経済活動とをつなげる取り組みについてお話を伺いました。

失いゆく屋久杉を無駄にしないために

失いゆく屋久杉を無駄にしないために
商品や店舗のディレクションはデザイナーの伊藤孝成氏が手掛ける

お香の香りが控えめに漂う、白を基調としたミニマルな店内。統一感のある什器には商品が品よく陳列されています。

「妻の祖母が昭和37年に創業した武田館は、もとは屋久杉を伐採する林業を生業としていました。時代の流れとともに業態を変えて、屋久杉を素材とした家具や彫刻、土産品を製造・販売を手掛けるようになったのです」と代表の金田知博さん。妻である幸代さんとともに2019年にオープンしたYAKUSHIMA BLESSは、その武田館を母体とする新業態の土産店です。

知博さんは、島内の高級ホテルでコンシェルジュを務めていた経歴の持ち主。仕事を通じて武田館で働く幸代さんと出会い、結婚を機に知博さんも土産品販売の道へと足を踏み入れました。「新しい仕事にやりがいはありましたが、武田館だけではすくい上げられないお客様もいて。新店舗の構想はずいぶん前から漠然とあったんです」と知博さん。武田館で働きながら新たなチャレンジの場を模索するなか、たどり着いたキーワードが「環境」だったといいます。

「屋久杉を使ったものづくりの会社は島内に他にもあるのですが、環境について真正面から向き合っているところはそれほどなくて。私たちは島の自然の恩恵を受けてきた会社なので、やるからにはただのお土産屋さんではなくて、この島に寄与するものづくりがしたかったのです」

原生の森に眠る土埋木。かつての林業の証言者だ
原生の森に眠る土埋木。かつての林業の証言者だ

YAKUSHIMA BLESSが環境をテーマに掲げる意義は、屋久杉を取り巻く状況の変化と照らし合わせることでより鮮明に浮かび上がってきます。

江戸時代に屋久杉材が年貢として定められて以降、屋久杉は1950〜60年代をピークに大量伐採がおこなわれていました。しかし自然保護の機運は徐々に高まり、ついに伐採禁止に。以降は土埋木と呼ばれる伐採後に残された切り株に限り伐採が続けられましたが、2019年にはその入札も終了。その後は基本的に屋久杉が市場に出回ることはなくなりました。

「武田館をはじめ、屋久杉でのものづくりに携わってきた各社は存亡の危機に直面しているといっても過言ではありません。そんな状況で、私は在庫に残った貴重な屋久杉を無駄にはしたくなかった。屋久杉を用いるのであれば、価値のある本当にいいと思えるものをきちんと作って消費者に届けるべきだと考えたのです」
志を高く掲げる金田夫妻は、多くの縁にも恵まれながら思い描いた青写真を少しずつ形にしていきました。

使って嬉しい、環境に配慮した商品づくり

使って嬉しい、環境に配慮した商品づくり
ひと洗いするだけで効果が実感できる「屋久杉の石鹸」

「私たちは大量生産品は作りません。銀座にもない、ここでしか手に入らないものづくりをしていこう、とよく話をするんです」と知博さん。

基準はいたってシンプル。「それは環境にいいか、悪いか」。素材や製造工程はもとより、「これからの生活にそれが必要か否か、既存のものと置き換わることで環境をいい方向へと導くことができるのかがポイントです」と手元にある石鹸を手に取りました。

「この『屋久杉の石鹸』は、無添加石鹸で著名なLi mei(リーメイ)に依頼して製作したもの。チップ状にした屋久杉を漬け込んだ椿油に、肌を活性化する金箔やアミノ酸が豊富なシルクを加えて作られています。コールドプレス製法でゆっくり低温でつくることで保湿力が高く、乾燥肌の方やアトピーでお悩みの方は驚かれると思いますよ。香料も不使用で、水に分解されるので環境を汚すこともありません」

商品や什器の製作、接客まで担う職人の木下聖也さん
商品や什器の製作、接客まで担う職人の木下聖也さん

「これは彼が製作しているんですよ」とスタッフの木下さんを指差し紹介してくれたのは「屋久島地杉メモパッド」という商品。屋久島地杉とは、屋久杉の種の苗木や接ぎ木から人の手で植林された杉のこと。樹齢1000年を超える屋久杉の遺伝子を受け継ぐ地杉は、伐採が禁止された屋久杉に代わり重用されています。

「地杉は50〜60年で伐採されますが、実際には森づくりの過程で間伐が必要とされます。こちらはその間伐杉を素材に用いた商品。間伐を進めるために間伐材はむしろどんどん消費していく必要があるんです」

メモ紙には間伐竹を有効活用した竹紙を使用。地杉本来の木目を生かしたシンプルなデザインに加え、紙を使い終えても市販のA4用紙を4つ切りすることで繰り返し利用できる利便性も好評で、「2021かごしまの新特産品コンクール」で入賞も果たしています。

YAKUSHIMA BLESSの主役はアーティスト

YAKUSHIMA BLESSの主役はアーティスト
地杉の箱に入ったギフトセット。自由に詰め合わせができる

YAKUSHIMA BLESSで取り扱う商品は、環境負荷への意識の高さはもちろんのこと、それぞれの背景にあるストーリーもまた興味深いものばかり。たとえば屋久杉を含む天然の香木を使った「お香 ユグドラシル」は、インテリア・アロマ・インセンスブランドの東京香堂 Tokyo-Grasse に製作を打診。屋久島の香りを表現してもらうために、実際に調香師に来島してもらったそう。

「『天気で雰囲気がガラッと変わる感覚や、小道に足を踏み入れたときに薄いヴェールをまとうような感覚、その空気感を香りで表現します』とおっしゃって、見事に商品に昇華していただきました。 YAKUSHIMA BLESSの主役は私たちではなく、作り手であるアーティスト。いずれも時間をかけて考え抜かれた末に形となったもので、商品数こそ多くはありませんが、それを余りあるほどひとつの商品から伝わるメッセージが大きいんです」

別々の絵柄を板の両面に彫り、2回刷りで仕上げられたバンダナ
別々の絵柄を板の両面に彫り、2回刷りで仕上げられたバンダナ

窓際の壁に飾られた屋久杉を描いたと思しき作品に目が留まると、「こちらは商品のバンダナを額装したものです」と知博さんが教えてくれました。「ハルモニア」と題されたこちらのバンダナは、布作家の鶴田希望氏による作。屋久杉の一枚板に版を彫り一枚一枚手刷りしたもので、商品が完成するまでに約1年を要したそう。雨粒が落ち、命がそこに宿る屋久島の「循環と調和」を表現しているといいます。

「バンダナそのものに屋久杉が使われていなくとも、これもまた島や屋久杉を伝えることのできる大切な商品だと私たちは考えています。『屋久杉はなくなる』というけれど、ではなくなったらすべてが終わってしまうのか。その答えのひとつが、このバンダナにはあると思うのです」

屋久島が屋久島であり続けるために

屋久島が屋久島であり続けるために
屋久島への思いが綴られたオープン当時のチラシ

YAKUSHIMA BLESSのアイデアが生まれる以前、「この島のためになるものをやりたい」と考えた幸代さんは、コンセプトを練るためにスタッフに島に対する思いを尋ねて回りました。そのなかで社長である母親が漏らしたひと言が幸代さんの心を動かします。

「『屋久島が屋久島であり続けてほしい』と母は言いました。それは言葉に出さずとも島のみんなが思っていること。孫の代までこの美しい自然が残っていていますように、この美味しい水が飲み続けられますようにとみんなが願っているんです」

「もので、ひとで、伝えていく屋久島。」――YAKUSHIMA BLESS のコンセプトは、そこから生まれました。

「オープンの際に私たちの気持ちをつづったチラシを配ったんですけど、島のみんなが『それが私たちの気持ちだ』と喜んでくれたんです。それがとても嬉しくて、それだけでもこの店を続ける意味があるのかなと感じています」(幸代さん)

ワークショップの内容をパッケージ化した「屋久杉を磨こう!」
ワークショップの内容をパッケージ化した「屋久杉を磨こう!」

一方で私たち旅行者の立場に立つならば、求められるのは資源の限られた屋久杉を無思慮に消費することのない「責任ある旅人」であること。そうした姿勢を育むひとつのヒントが、屋久杉のかけらを紙やすりで磨き、一輪挿しやお香立てに仕上げるクラフトキット「屋久杉で磨こう!」に隠されています。

屋久杉のかけらは表情も千差万別。お気に入りを探そう
屋久杉のかけらは表情も千差万別。お気に入りを探そう

「屋久杉は小さくても表情がそれぞれ異なるので、材料を選ぶのもみなさん本当に真剣なんです」と笑顔を見せる知博さん。選びぬいた屋久杉を家へと持ち帰りツヤが出るまでゆっくり磨く過程で、単なる旅の思い出のお土産品であることを超え、屋久島の大切な一部を持ち帰ったような感覚が生まれるのだと話します。

「都会ではエコやSDGsといった言葉を敬遠していた人も、この島で実際に自然や屋久杉に触れ合うことで素直に『自然を大切にしないとな』『ああ、私も取り組んでみようかな』という気分になる。YAKUSHIMA BLESSも、そのきっかけづくりに関わることができればいいなと思っています」(知博さん)

これまで島の経済に貢献してきた観光業。SDGsを取り入れた新しい未来を見据え、いまが在り方を見直す瀬戸際だと知博さんは姿勢を正します。

「環境分野の面白いところは、真似をされればされるほど社会貢献ができる点。私たちのような店が島内に増えて屋久島全体がSDGsに配慮のある島だと認知されれば、きっと屋久島は屋久島であり続けることができるのではないでしょうか」

美意識が行き届いた、白を基調としたミニマルな店内
美意識が行き届いた、白を基調としたミニマルな店内

■YAKUSHIMA BLESS
・住所: 屋久島町安房650-18
・TEL:  0997-46-2899
・営業時間: 9:00~17:00 不定休
・URL: https://yakushimabless.jp/

※当記事は、2022年5月14日現在のものです

ディレクション: 曽我 将良
編集: 株式会社アトール
協力: 公益社団法人鹿児島県観光連盟

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筆者

地球の歩き方観光マーケティング事業部

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