島の日常を観光資源に。闘牛を通じて実践する徳之島らしい観光とは

公開日 : 2022年05月15日
最終更新 :
徳之島では牛を引き連れ浜を散歩する光景も日常の一部
徳之島では牛を引き連れ浜を散歩する光景も日常の一部

いつもの旅にSDGsの視点を――。SDGsとは持続可能な開発目標のこと。近年、観光分野でもSDGsを取り入れた、レスポンシブルツーリズム(環境への負荷を考え、責任を持って旅をする)という考え方が注目されています。世界自然遺産に登録された島々の自然や人々の暮らし・文化などを、この先、子どもや孫の世代まで残すには何をすべきなのか?今回は「闘牛ふれあい体験」を手掛ける福本慶太さんに、徳之島の闘牛文化と「牛とともにある島の生活」そのものを観光資源化する取り組みとその狙いについてお話を伺いました。

徳之島に根づく闘牛と「なくさみ」文化

徳之島に根づく闘牛と「なくさみ」文化
鼻綱を切られたら試合開始。一対一の真剣勝負だ

徳之島を旅する人に一度は目にしてもらいたいのが、闘牛の散歩風景。乗用車ほどの体躯の牛が手綱を引かれて砂浜や農道をのっしのっしと歩くさまは、全国的にも珍しい徳之島ならではの光景といえます。

島内に点在する闘牛場では、全島大会(本場所)が年に3回開催され大変な盛り上がりをみせます。エントリーする牛は700kg以下の「ミニ軽量級」から1t前後の大型牛同士が激突する「無差別級」まで重量に応じて階級を分けられます。過去の実績や練習試合の成績などから実力が拮抗した牛同士による好取り組みをセッティングするのが、主催者の腕の見せどころ。各階級の最も強い牛が横綱となりますが、なかでも最高峰のタイトルといわれているのが、無差別級の王者に与えられる「全島一横綱」の称号です。全島一横綱の牛をもつことは、徳之島の牛主にとって永遠の夢と言っても過言ではありません。

熱心なサポーターや観客が詰めかけ、熱気で包まれた闘技場
熱心なサポーターや観客が詰めかけ、熱気で包まれた闘技場

400年以上の歴史を持つといわれる徳之島の闘牛文化。そのルーツは諸説ありますが、「なくさみ」という現地での闘牛の呼ばれ方に、その一説をうかがい知ることができます。「なくさみ」とは「慰める」の意味。そもそもは農閑期のささやかな娯楽として、農耕用の牛を闘わせて一年の労苦をねぎらったことが始まりとされているのです。

時代とともに「なくさみ」は体系化され、現在において闘牛を行うのは専用に飼育された牛たちです。仔牛の頃から闘うための英才教育を施され、牛主とともに切磋琢磨の日々を送ります。夕方によく見られる散歩風景も、大会に向けて闘牛の足腰を鍛えるためのトレーニングの一環というわけです。

背景を知ることで気付いた闘牛の面白さ

背景を知ることで気付いた闘牛の面白さ
徳之島を拠点に新たな観光事業の創出に取り組む福本慶太さん

「実を言うと、僕にとって闘牛はずっと怖い存在でした。試合を観戦したのも一度くらい。子どもの頃に親父に連れていってもらったけど面白さも分からず、熱狂する会場の空気に温度差を感じてしまったんです」

闘牛の日常に触れることのできる人気アクティビティ「闘牛ふれあい体験」を手掛ける福本慶太さんに闘牛の魅力を伺うと、そんな意外な言葉が返ってきました。

徳之島で生まれ育った福本さんは、中学卒業を機に九州本土の高校へと進学。大学時代には自ら学生団体を立ち上げ、民間企業とともに徳之島の地域課題に取り組むプロジェクトに携わってきました。卒業後には晴れて凱旋帰島。島の新たな観光資源の創出を託された福本さんが目につけたのが、苦い記憶の残る闘牛でした。

「牛同士を闘わせて可愛そうじゃないかとか、いろんな声はあるけれど闘牛は徳之島を代表する文化のひとつであることは間違いない。これもいい機会だと思って闘牛について調べたりお話を伺ったりするなかで、どれほどの心血を注いで牛たちを育てているのか改めて知ることになりました」

闘牛のメイン会場のひとつ、徳之島なくさみ館
闘牛のメイン会場のひとつ、徳之島なくさみ館

「餌も牛小屋も闘牛専用ですし、毎日やることもいっぱい。餌やりに散歩にブラッシングに、暑い日にはリンパマッサージもしてあげたり。牛主はそれぞれ本業がありますから、それらの作業を仕事の前後や休憩時間に行っているんです。さらには牛の成長度合いや個性を見極めて餌もトレーニングの内容も細かく変えていく。一升炊きの炊飯器で米を炊いて特製のお粥をつくったり、首におもりをつけて鍛えたり、そこまでやるかというほどに牛に情熱を注ぐんです」

大会が近くなり角を研ぐ頃には牛の表情も変わり、自然と闘いに臨む精神状態になるといいます。

「試合当日は息子を行かせるような気持ちだと思います。『どうか無事に帰ってきてくれ』と。だから勝っても負けても牛主は泣きますよ。みんな全島一横綱を目指しますが、全島一になったからといって何かあるわけではない。ファイトマネーもありますがそれは勝敗に関係なく支給されるもので、勝利で手に入れるのは栄誉だけ。それだけのためにこれほど頑張る人たちがいるというのが僕には衝撃的だった。そしてそこまで知ったうえで闘牛大会を改めて観戦したら、ものすごく面白かったんです」

闘牛文化を後世に残すためにできること

闘牛文化を後世に残すためにできること
徳之島町によって制作された闘牛の魅力を伝える小冊子

闘牛の魅力は大会だけでなく、牛主と過ごす日常風景のなかにこそ詰まっているのではないか。餌やりやブラッシング、散歩などを体験できる「闘牛ふれあい体験」誕生の背景には、そうした福本さんの実体験がありました。ただ福本さんは、新たな観光資源として収益化することだけを目的とするのではなく、観光アクティビティを通じて闘牛を取り巻く実情を外部に知ってもらうことが何より闘牛の未来のためになると考えています。

「徳之島の闘牛のルーツは『なくさみ』です。だから関係者のなかには『自分たちのためにやっていることだから、わざわざ観光化しようとは思わない』という内向きの意見もいまだに多い。その気持ちも分かりますが、現実に目を向ければ闘牛に関わる人は年々減少していて、危機感を覚えている人も少しずつ増えています。このまま手をこまねいていてはやがて廃れてしまうかもしれない。このかけがえのない闘牛文化を後世に残すには、外に向かって積極的に情報を開示して理解してもらうことが不可欠なのです」

福本さんのそうした思いを実現するには何より牛主の協力が欠かせません。単にお金儲けの手段としてではなく、きちんとその考え方に賛同してくれるような牛主と出会い、信頼関係を築くこと。その積み重ねで「闘牛ふれあい体験」は成立していると福本さんは力を込めました。

先に見据える、島と観光の幸福な関係性

先に見据える、島と観光の幸福な関係性
島民の日常生活のワンシーンに観光のヒントは隠されている

「闘牛ふれあい体験」を通じて目指しているのは、観光を目的とした観光ではなく、既存の課題を解決するための観光という形。それが徳之島に合った観光スタイルだと福本さんはいいます。

「徳之島は、奄美大島や沖縄本島北部、西表島とともに2021年に世界自然遺産に登録されました。それに伴って観光需要の増加が見込まれますが、この島はもともと農業が主幹産業で、観光業に従事する人はさほど多くありません。それでも島民は世界自然遺産に登録されたことへの対応は迫られるわけです。登録エリアへの立ち入りを制限されたりとか。少なからず生活に影響が出てきますし、恩恵の不均衡が島民を分断してしまっては元も子もない。
僕のやりたいことは世界自然遺産の経済効果を島の隅々まで波及させること。そのためには島民が主体となって、日々の暮らしそのものを観光と結びつけられるような新しい観光スタイルを構築する必要があります」

テーマは「暮らしを旅するライフトリップ」。福本さんは「感幸(かんこう)」を徳之島の旅のキーワードに掲げています。

「派手な幸せではなく、ゆったりとした時間や人のつながりといった島のなかにある小さな幸せを感じられる、島の暮らしに溶け込むような観光をつくりたい。それなら島の人たちも無理をせずに、普段の生活の一部をおすそ分けするような気分で観光客のみなさんを受け入れられると思うのです。闘牛の取り組みもその一例。都会の生活に疲れた旅人が『なくさみ』に触れて心癒やされる。昔から変わらず、徳之島にはそうやって小さな幸せに寄り添う文化が息づいているんです」

これまで過度な観光開発を免れてきた徳之島は、今後の観光の在り方をゼロベースから作り上げることのできる恵まれた環境にあるといえます。地域の資源を消費するのではなく、共感する観光へ。私たち旅行者もまた、島の未来を支える大切な担い手のひとりなのです。

「闘牛ふれあい体験」はウェブサイトから申し込みできる
「闘牛ふれあい体験」はウェブサイトから申し込みできる

■闘牛ふれあい体験
・料金: 大人4000円/時間、お散歩オプション+1000円(いつものお散歩コース)、+3000円(砂浜をお散歩コース)、模擬闘牛大会6万円〜
・時間:14:30〜17:30(その他の時間は応相談)
・問い合わせ: 結や -MUSUBIYA-
・TEL: 080-3903-2704
・URL: https://fukumoto0421.wixsite.com/tougyu

※当記事は、2022年5月15日現在のものです

ディレクション: 曽我 将良
編集: 株式会社アトール
協力: 公益社団法人鹿児島県観光連盟

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筆者

地球の歩き方観光マーケティング事業部

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