是枝監督『ベイビー・ブローカー』が沸かせたカンヌ、現地で感じた韓国映画の力強さと日韓交流への期待感

公開日 : 2022年06月27日
最終更新 :
カンヌ国際映画祭でのフォトコールの様子
カンヌ国際映画祭でのフォトコールの様子

是枝裕和監督の韓国映画『ベイビー・ブローカー』が6月24日(金)から全国で公開されています。今年2022年の第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された作品です。主演のソン・ガンホさんが男優賞、映画もエキュメニカル審査員賞を受賞し、大きく報じられました。カンヌ国際映画祭期間中に、是枝監督への取材などを通して感じた現地の様子を紹介します。

カンヌ市内で目を引いた韓国映画の存在感

カンヌ市内で目を引いた韓国映画の存在感
クロワゼット通りに掲げられた広告

コロナ禍で中断や時期をずらしての開催を行ってきたカンヌ国際映画祭が、2022年はいつも通りの5月開催に戻り、昨年のような厳しい感染対策も解除されました。再び輝きを取り戻りしたカンヌの町で、会場近くのメインストリート、クロワゼット大通りにふたつの巨大な韓国映画を宣伝した垂れ幕が掲げられていました。ひとつがパク・チャヌク監督の『別れる決心』、もうひとつが是枝監督の『ベイビー・ブローカー』。どちらも今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された作品です。

カン・ドンウォンさん(左)、イ・ジウンさん(中央)、ソン・ガンホさん(右)
カン・ドンウォンさん(左)、イ・ジウンさん(中央)、ソン・ガンホさん(右)

『ベイビー・ブローカー』は、古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホさん)と赤ちゃんポストがある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォンさん)、ある土砂降りの雨の晩に赤ちゃんポストへ赤ん坊を預けた若い女ソヨン(イ・ジウンさん)の3人を中心に物語が始まっていきます。

サンヒョンとドンスの裏家業は、赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊をこっそりと連れ去り売るブローカー。赤ちゃんポストへ預けたことを翌日思い直して戻ってきたソヨンが、施設に赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、サンヒョンとドンスは仕方なく事の経緯を白状します。2人は「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳し、それにあきれるソヨンでしたが、彼らと共に養父母探しの旅に出ることにするというストーリーです。

12分間続いたスタンディングオベーション

12分間続いたスタンディングオベーション
スタンディングオベーションに包まれる是枝監督

是枝監督にとって今年のカンヌ国際映画祭は、2018年に行われた同祭で『万引き家族』がパルムドールを受賞して以来の招待。公式上映が行われた5月26日は、是枝監督が今度はどのような映画を作ったのかという期待感で満ちていました。

レッドカーペットを歩く是枝監督はアルマーニのタキシードにサングラス姿。同じくカンヌ入りしたソン・ガンホさん、カン・ドンウォンさん、イ・ジウンさん、イ・ジュヨンさんと共に映画祭の会場であるパレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレのメーン上映会場、リュミエール劇場へ続く階段を登っていきました。会場に向かう前の心境を聞かれた是枝監督は「毎回持ってくる作品も違いますし、チームも違うので、何度来てもいつも新鮮な思いで臨んでいます。今回は特に会場へ向けての出発場所となるホテルの壁に作品の垂れ幕が かかっているので、ちょっと背筋が伸びる思いです。でも、作品の出来上がりには自分的にとても満足しているので、そんなに何かが負担になったり、過剰な期待をしたり、それで落胆したりという、今回はそこは卒業できたのかなと思っています」とコメントを出しました。

レッドカーペット上での是枝監督と出演者
レッドカーペット上での是枝監督と出演者

作品自体は、上映後に客席からのスタンディングオベーションが12分間鳴り続く状況に。私たちが日本人記者を対象にして上映終了後の囲み取材では「ちゃんと笑うところで笑い声が聞こえて、隣のソン・ガンホさんと手を握りあって最後まで僕自身上映を楽しめたので良かったのではないかなと思います」と振り返りました。

例年以上に韓国の熱気を感じた今年のカンヌ

例年以上に韓国の熱気を感じた今年のカンヌ
カンヌ国際映画祭の記者会見場の様子

今年のカンヌ国際映画祭は、いつも以上に韓国側の熱を感じました。是枝監督も「(韓国人記者向けの)囲みをやったら40人くらい記者がいて、ここはどこなんだろうと錯覚しました。パク・チャヌクの作品(『別れる決心』)もありますし、(2020年にカンヌに出品された)『パラサイト』の時の倍は記者が来ているらしいです。相当色々な意味で力が入っているんだなと感じました」と囲み取材で私たちに対して述べたように、カンヌの町中でも韓国の映画関係者やメディアと思われる人を多く見ました。

記者会見場への入場を待つ長い列
記者会見場への入場を待つ長い列

公式上映の翌日昼に、映画祭会場内で行われた是枝監督はじめ出演者が勢揃いした記者会見でも、韓国側の期待度を物語る様子が見て取れました。会見の様子を見ようと「カンヌの3日間」パスで入場したファンが、記者会見場に入るための長い行列を会見場前で作っていたのです。カンヌ国際映画祭といえば、以前は映画関係者とメディアに限られたイベントでしたが、2018年から映画祭は「カンヌの3日間」というパスを18歳から28歳の若者向けに一定数発行し、次世代の映画ファンへ映画に触れやすい環境を作っています。

まずカメラや記者が会見場へ入った後に、最後に「カンヌの3日間」パスの人々が入場。会場の準備が整ったところで是枝監督を先頭に出演者が登壇。会見場内は熱気に包まれました。

文化的な違いがあっても乗り越えて幸せに仕事ができた

文化的な違いがあっても乗り越えて幸せに仕事ができた
ソン・ガンホさん(左)とカン・ドンウォンさん(右)

記者会見では、集まった記者から「是枝監督と他の韓国の監督たちとの一番の大きな差は何ですか?」という質問が投げかけられました。これに対して、ソン・ガンホさんは「是枝監督と韓国の監督との違いは、是枝監督は食が大好きなところです。美食を好み、食べることが好きで韓国料理が好きです。他の韓国の監督との大きな違いでした」と冗談めかして言うと、カン・ドンウォンさんは「監督と仕事をして、現場では本当にそこに一緒にいてくれた。それは本当に素晴らしかったです。役者と共にいてくださる。そして感情をディテールにわたって捉えて下さる」と述べました。

イ・ジウンさん(右)
イ・ジウンさん(右)

続いてイ・ジウンさんが「私にとっては監督と違うのは、まず同じ言語を話しません。それなので、ちょっとしたディテールも見逃さないように努力をします。原語のバリアがあるから、より集中しました。 他の参加した映画に比べて面白い体験でした」と答え、最後にイ・ジュヨンさんが「監督との仕事はすばらしいもので、もちろん通訳は入れましたけれども、それ以外はそんなに大きな差は感じませんでした。国籍が違うというだけで、非常に監督はリラックスしていましたし、私たちといても、そして現場の雰囲気もリラックスしたものを作ってくださったので撮影も快適でした」と撮影当時を振り返りました。

質問に答えるイ・ジュヨンさん(右)
質問に答えるイ・ジュヨンさん(右)

別の記者から受けた「是枝監督はパルムドールを2018年に受賞して、フランスで、そして韓国で撮影してきました。監督のチャレンジをどう思いますか?」という質問に対して、ソン・ガンホさんは「日本と韓国では文化的な違いがある。そういうことがあっても私たちはそれを乗り越えて幸せに一緒に仕事をすることができましたし、そのことが逆にこの仕事を面白いものにしてくれました」と是枝監督との仕事の様子を述べました。

男優賞は「最高のゴール、とても美しいゴール」

男優賞は「最高のゴール、とても美しいゴール」
エキュメニカル賞を手に持つ是枝監督

公式上映、記者会見という今回の山場を終えた後、ひとつの吉報が5月28日夕方に是枝監督の元に入ってきました。『ベイビー・ブローカー』のエキュメニカル賞の受賞です。同賞はカトリックとプロテスタントのキリスト教関係者が選ぶ賞で、カンヌ映画祭のコンペティション部門に出品された作品の中から、人間の内面を豊かに描いた作品に与えられます。1974 年から授与されており、昨年のカンヌ国際映画祭では濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が受賞しています。

同賞の審査員長は受賞理由を、「血のつながりがなくても家族が存在できることをとても親密な方法で示してくれる。様々な苦悩を抱えた背景を持ちながらも、赤ん坊を取り巻く3人の大人と養護施設から抜け出した1人の子供が作り出す安心できる環境によって、赤ん坊の命と魂は守られる」と評価しました。是枝監督は「僕が言うことは何もないと思うくらい、僕がこの映画でやりたかったことを伝えていただいた。今回は本当にこの作品にとってふさわしい賞をいただけたなと思っています」とコメントを出しました。

≫≫≫(関連記事)カンヌで『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞始め4冠受賞、濱口竜介監督に映画祭と作品の感想を聞く

そして同日夜に開かれた授賞式では、ソン・ガンホさんが男優賞受賞に。『ベイビー・ブローカー』でのソン・ガンホさんの男優賞の受賞を、「この作品にとっての最高のゴール、とても美しいゴール」と是枝監督は表現し、「素直に嬉しいです。自分が褒められると疑ってかかりますけれど(笑)、役者が褒められる時は本当に嬉しいです」とカンヌ国際映画祭授与式後の囲み取材で是枝監督は笑顔で述べています。

今回の授賞式では『別れる決心』のパク・チャヌク監督も監督賞を受賞しました。パク監督とは「これをきっかけに、もっと日韓のスタッフとかキャストとかの交流が進むといいね。お互いにお互いから学ぶことが沢山あるだろうし、そこからまた新しいものも生まれてくるだろうから」と話したそうです。また『パラサイト 半地下の家族』を撮ったポン・ジュノ監督と話していても「日本の役者で撮りたいという気持ちをすごく感じる」そうで、「色んな役者さんの中でもおそらく韓国の監督たちとやってみたいと思っている人はすごく多いと思いますよ」と、日韓の交流がこれから進みそうな予感を語りました。

男優賞を受賞したソン・ガンホさん
男優賞を受賞したソン・ガンホさん

国をまたいだ作品が今後も多く作られることで、それが草の根からの各国との理解につながるでしょうし、そのような交流を経て仕上がった作品を鑑賞すると、取材をしていても個人的に一層楽しさ部分を感じます。日韓でお互いに学び合いながら、映画文化の興隆に繋がればと思う今年のカンヌ国際映画祭でした。

■ベイビー・ブローカー
・公開: 6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー
・監督・脚本・編集: 是枝裕和
・配給: ギャガ
・URL: https://gaga.ne.jp/babybroker/
・キャスト: ハ・サンヒョン/ソン・ガンホ
ユン・ドンス/カン・ドンウォン
アン・スジン/ぺ・ドゥナ
ムン・ソヨン/イ・ジウン
イ刑事/イ・ジュヨン
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■URL: https://hon.gakken.jp/book/2080127200

※当記事は、2022年6月24日現在のものです

〈地球の歩き方編集室よりお願い〉
2022年6月24日現在、国によってはいまだ観光目的の渡航が難しい状況です。『地球の歩き方 ニュース&レポート』では、近い将来に旅したい場所として世界の観光記事を発信しています。渡航についての最新情報は下記などを参考に必ず各自でご確認ください。
◎外務省海外安全ホームページ
・URL: https://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
◎厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について
・URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
旅したい場所の情報を入手して準備をととのえ、新型コロナウイルス収束後はぜひお出かけください。安心して旅に出られる日が一日も早く来ることを心より願っています。

筆者

フランス特派員

守隨 亨延

パリ在住ジャーナリスト(フランス外務省発行記者証所持)。渡航経験は欧州を中心に約60カ国800都市です。

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